幻想

パンドラの箱を開けてしまった。今日は、全てを引き摺り出してしまった。

 

このブログを書くときは大抵気分がひどく落ち込んでいるときだということは自分でも気づいている。

 

高島屋に行って、色々物を見ているうちに思わなくても良いこと(しょうもないこと)を思い始めた。簡単に言うと、元カノからもらった物を今でも使ってるのではないだろうかという疑問である。

 

本当にくだらないことだと自分でも思う。このブログは誰かに見てもらいたくて書いてるわけでもなく、自分の掃き溜めとして使っている。なので、読みたくない人は読まないでほしい。これからもっとしょうもないことを書く。

 

 

 

恋人の誕生日プレゼントを買いに高島屋へ行って、色々見ているうちに、恋人が持っているのと似ている財布を発見してしまった。好奇心から、値段を見た。学生には手が出しにくい値段だった。

そこで、ふと、恋人は自分で買ったというよりも、誰かに貰ったのではないかということが頭に浮かんだ。そこからどんどん妄想が膨らみ、元カノから貰って今でも使っているのではないかというところまで辿り着いた。

 

私自身、恋人から元カノの話を聞くのは、恋人に未練が無ければ良いと思っていたのだが、どうやらそうではないみたいだ。それで今非常に苦しんでいる。自分で自分の首を絞めているようなものだとようやく気づいた。

 

時々、恋人に「それ、元カノも言ってた」と言われたり、少し比較されたりする。その場で嫌と言えばいいのに言えない自分が悪いのだが、溜め込んでこうやって落ち込んでしまう。そして、妄想のタネとなる。

私だってあなたの前では見せないだけで、独りで泣くほど辛いのに。元カノとは違って自分は人に頼れる性格でもないし。とその度に思ってしまう。

 

私自身、元カレとは酷い別れ方をしている。その傷がまだ癒えていない。

「元カノを忘れられない」「元カノがもの凄くタイプだった」「服装がどうしても無理」「元カノと遠距離になったときは新幹線の中でめちゃくちゃ泣いた」と別れ際に言われたことや、私があげたプレゼントを一度も私の前で使ってくれなかったことや、あげた手紙を2ヶ月ほど乱雑に放置されていたことなどがトラウマとなっている。

 

どうせ誰かの代わりなんだろう、と。

 

私に向けてくる欲も誰かで代用できるのだ。

 

私だけ勝手に舞い上がっている。

 

こういう思考がずーっと頭から離れない。

口では未練が無いと言っていても、結局まだ未練があるから(情があるから)元カノとの楽しかったことなどの思い出を語れるのだろうと思う。私にとって、元カレの存在は消したい過去なので羨ましくも思う。ずっと元カノの代わりにされてきた身からすると、疑心暗鬼になってしまう。 

 

とにかく、私は元カレにされたことが今でも癒えていない。

 

恋人がいくら愛を囁いてくれても、元カノには未練は無いし連絡先も知らないと言っても、記憶は無くならない。元カノはしていたのに私はしないこともある。というか、代わりにされているようで私がしたくない。元カノには未練が無くて、物に情があって今も使っているだけだとしても、今の私には耐えられない。使うたびにくれた人の顔を思い出さないのだろうか?と疑問に思う。

そもそも、自分で買ったのか、人から貰ったのかもわからないから確認しようかなとも思ったのだが、どう聞けばいいのかわからない。私は単刀直入に言ってしまうため、雰囲気は絶対悪くなるし、他にも根掘り葉掘り聞きそうである。

 

私が買い物から帰ったら電話しようと言っていたのに友達と電話している。これも3回目くらいだろうか。別に、電話を制限しているわけでは無いのだが、約束を平気で破られるということが悲しい。たとえ小さな約束でも、とても悲しくて辛い。私は結局、寂しさを埋めるためだけの身代わりだったのかな。今までの愛は幻想だったのだろうか。

 

明日と明後日は恋人と会う約束をしているのだが、今の精神状態では会えないと思う。土曜日は恋人と恋人の学校の人たちと一緒に堺市観光をするのだが、それも行けるかどうかわからない。

 

ただ誕生日を祝いたいだけなのに、どうしてこうなってしまうのだろうか。どうして過去の人物に今を左右されなければならないのだろうか。

 

 

 

モノについて恋人に聞くときは覚悟するつもりだ。